ロレンシアは孕み腹を包み込む。両手で優しく、下から抱き上げた。
前部に突き出たボテ腹は妊婦帯で支えている。立ち上がる際、両手で腹部を抱え上げるのが癖となっていた。
ほんのわずかな、些細な仕草。振る舞いの変化は、心身の変貌を如実に物語る。ロレンシアは後宮の女となり、皇帝の御子を産む母になろうとしている。
「お母様は?」
「セラフィーナ様は天空城アースガルズに戻られました」
「空に浮かぶあの大きな浮き島⋯⋯。逃げ出すのは難しそうね」
「私は外出許可をもらったので、今日から帝国領内を自由に動けます。皇帝陛下の過去を調べようと思っています」
「皇帝の過去を調べる? そういえばお母様は昨日、『アルテナ王家が存続する唯一の道』と言っていたわ。どういう意味なの……?」
ヴィクトリカは首を傾げている。ロレンシアはこれまでの事情を事細かに説明した。
母親の身に降りかかった事情を聞かされ、ヴィクトリカは失われかけていた実母への崇敬を再び抱いた。
セックスで喜び喘ぐ淫靡な姿が、母の演技とは思えなかった。しかし、快楽に負けて父親を裏切ったわけではないと信じたかった。そう考えなければ、とても精神が耐えられない。
「状況は分かったわ。アルテナ王国を存続させるには、メガラニカ帝国の最大勢力をどうにかしないと⋯⋯、つまり宰相ウィルヘルミナの弱味を探し出す。そういう話でしょ?」
「はい。このままだとアルテナ王国は、メガラニカ帝国に呑み込まれてしまいます」
敗戦の結果は覆せない。ならば、せめて優位な条件で締結した講和条約の維持に努め、アルテナ王国の国体を護持する。女王セラフィーナが掲げる方針は正しいように思えた。
「セラフィーナ様はアルテナ王国を守るために、いざとなればガイゼフ王と離婚し、皇帝陛下との再婚も覚悟されています」
「そんな事態にはならないわ! お兄様を処刑したメガラニカ皇帝なんかとの婚儀なんてありえない!! 絶対に今の窮地を覆してやるんだから……!」
語気を強めるヴィクトリカだが、ロレンシアの内心は冷ややかだった。
メガラニカ帝国は強大な国家だ。逆転は夢物語。勝敗は決している。
女王は皇帝の子を妊娠した。もはや取り返しのつかない事態だ。セラフィーナがベルゼフリートの子胤で懐妊した事実は、世間に知れ渡っているのだ。
(遠からずセラフィーナ様は皇帝陛下の御子を産む。庶子扱いだとしても、セラフィーナ様がガイゼフ王と離縁し、皇帝陛下と再婚されれば正式な世継ぎとなるわ)
産まれたのが男児であったなら、リュート王子が処刑された今、有力な跡継ぎとなってしまう。
(そうならなくても、メガラニカ帝国が強引にセラフィーナ様を退位させて、幼児を傀儡の国王に即位させられる)
メガラニカ帝国はアルテナ王国を自国に組み入れる。そんな未来が簡単に予想できた。
(ヴィクトリカ様には申し訳ないけれど、今となってはどっちでもいいわ。私はベルゼフリート陛下から愛してもらえさえすれば……)
ロレンシア目的は皇帝ベルゼフリートからの寵愛だった。
(別に祖国が滅びたっていいはずでしょ? だって、もう滅びたも同然なんだから……。だったら、私は自分の幸せを考えたっていいはずだわ)
もはやアルテナ王国の命運はどうでも良かった。
祖国が滅びようと、運良く存続しようが、ロレンシアは皇帝に仕える女仙であり続けるのだ。
「ロレンシアを手助けしたいわ。⋯⋯思ったのだけど、帝国領を自由に動けるのなら、逃げ出せるのではないかしら?」
「逃げる?」
「ええ。そうよ。ロレンシアはバルカサロ王国に逃げるべきだわ」
「私は妊娠しているので、国境を越えるような長旅はできませんよ」
「どこかの医療院で⋯⋯、その⋯⋯、治療をすればいいわ。あまり私は詳しくないけど、それで産みたくない子供を産まずに済むでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯堕胎ですか?」
「バルカサロ王国に行けば高度な治療を受けられるわ。きっと元の身体に戻れる。そうすればアルテナ王国にいるレンソンとまた会えるわ」
「嫌です」
「えっ?」
「ヴィクトリカ様。私は⋯⋯赤ちゃんを産みます。レンソンとは別れました。もう夫婦じゃありません。彼とはもう会わないつもりです。お互い、それが一番良いはずです」
揺るぎない口調でロレンシアは拒否した。不義で孕んだのを恥じていると思い込んでいたヴィクトリカは驚愕する。その反応は想定していなかった。
「おかしいと思いますか? でも、私は⋯⋯お母さんになったんです。母親になったの。だから、赤ちゃんは堕ろしたくない。絶対に産みます。私は皇帝陛下の赤ちゃんを産みたい⋯⋯!!」
「ロレンシア⋯⋯」
「レンソンは愛してません。だから、今の私は昔と違う。剣を振るい、騎士の鎧を着用できる身体ではなくなりました。元に戻れるとしても⋯⋯、だからといって、お腹の子どもを殺したりなんかできません!」
「本気? ロレンシアは本当にそれでいいの!? だって、ロレンシアのお腹にいる子供は⋯⋯あいつの子よ!?」
「父親が誰だろうと、お腹にいるのは私の赤ちゃんです。私は母親になります。ヴィクトリカ様には信じられない心変わりに見えるでしょう。ですが、私はお腹にいる赤ちゃん達を愛しています」
「そう⋯⋯。そうなのね⋯⋯。気持ちは分かったわ。ロレンシアがそう言うなら、私は無理強いできない。子どもを産みたいのね」
ヴィクトリカは悲しげな表情を作った。今のロレンシアに凜々しい女騎士だった面影はない。子供を守る母親だった。
赤児を胎に宿したロレンシア。戦う女騎士から、我が子を慈しむ母親になろうとしている。ヴィクトリカは理解させられた。
胎児に罪はない。そう考えるのなら、確かに堕胎はできない。ヴィクトリカはロレンシアの決断を尊重する。
「ヴィクトリカ様だって他人事じゃないはずですよ?」
「え……?」
「昨夜、皇帝陛下に処女を奪われたのでは? ヴィクトリカ様は子宮に精子を注がれていますよね?」
「それは⋯⋯っ! あの男が無理やり私を犯したのよ!!」
「衣服を着せ替えているとき、ヴィクトリカ様のオマンコからドロドロの精液が溢れ出ていました。膣内に射精されたのなら、私やセラフィーナ様のように妊娠する可能性があります」
「やめてよ。ロレンシア。考えたくないわ」
「ヴィクトリカ様も皇帝陛下の御子を宿しているかもしれません」
ロレンシアはヴィクトリカの下腹部を指差す。ベルゼフリートに膣内射精を決められ、子壺は精子で満たされた。
(嫌よ。私が妊娠⋯⋯? ふざけないでっ⋯⋯!!)
子宮内を元気に泳ぐ精子が卵子と結びつく可能性は十分にある。
「たった一夜よ。大丈夫なはず⋯⋯。ロレンシアは心配しすぎだわ!」
ヴィクトリカは言葉を濁した。破瓜の痛みに呼応して、子宮が疼いていた。もしも生理が来なかったらと想像して顔が青ざめた。
「もし妊娠していたら、ヴィクトリカ様はどうしますか? 自分のお腹に宿った我が子を殺せますか?」
「それは……子供に罪はないけど……。でも、産めるわけがないじゃない……!! あいつは強姦魔よ! あんな男の血を引く赤児なんて⋯⋯!! 私は産みたくない!」
「私は赤ちゃんを殺せません。陛下に一度でも抱かれた女なら、思い知ったはず。貴い血筋の王家の女性だろうと、騎士道を学んだ淑女だろうと、女は女でしかないって⋯⋯」
「は? 何をいっているの⋯⋯? ロレンシア⋯⋯!?」
「誰よりも清くて、誰にも穢せないと思っていた清廉なセラフィーナ様だって孕まされてしまった⋯⋯。私はレンソンを愛してるつもりでした。だけど、陛下と交わってからは、変わらざるを得なかったのです」
「気の迷いよ。そんなの⋯⋯」
「昨晩、ヴィクトリカ様は私達の性奉仕を見ていたのでは? それなら皇帝陛下とのセックスで、セラフィーナ様が乱されているのを覗かれていたはず」
「お母様は狂わされているだけ。あんなの⋯⋯本物のお母様じゃないわ。あれは違う! 絶対に違うんだから!!」
「皇帝陛下とのセックスは、とても満たされます。極上の愉悦に酔わされて、次第に自分から望むようになっていく。これは女の本能です。だから、ヴィクトリカ様がそうなったとしても、恥ではありません」
ロレンシアは胎児を宿した孕み腹をヴィクトリカに見せつける。
「――私は幸福なのです」
乳汁を蓄えた豊満な乳房、丸々と膨張した腹部、豊かな肉付きのお尻。恍惚の表情を浮かべてお腹に宿った赤子達を愛でていた。
「⋯⋯どうかしてるわ」
「私は不思議と今の自分が好きなんです。皇帝陛下への性奉仕も、赤ちゃんを孕んだのも⋯⋯愉しいと感じてしまう。たぶん、徹底的に壊されてしまったから、こんな淫らな墜ちたのかもしれません」
ロレンシアの堕ちきった姿を見て、ヴィクトリカは未来の自分を想像してしまった。
ぱんぱんにお腹を膨らませ、子宮で憎き男の赤子を育む妊婦と化した自分。
皇帝ベルゼフリートの血を継ぎ、浅黒い肌の子どもを股穴から出産してしまう光景。膣口から排出された赤子。伸びている臍帯は、自分と繋がっている。
(私が自分から望んで抱かれるようになるですって? ありえない! 嫌よ……っ! そんなの絶対に嫌なんだから……っ! 妊娠だってしない!)
それこそ、眠っている間に見ていたヴィクトリカの悪夢だった。
(私はお兄様を殺した皇帝の子どもなんか絶対に産まない!! 私の子宮は下種の子胤になんか屈したりしないわ……!!)
処女を喪失した一夜の交わりだった。ヴィクトリカは懐妊を強く拒絶するが、当人の意思と生理反応は別物である。
旺盛で活力みなぎる健康な幼帝の精子は、可憐で麗しい王女の子宮内を泳ぎ回っていた。
膣内射精で子宮口から侵入した数十億の精子は、左右に分かれて二つの卵巣を目指して突き進む。
卵管の峡部を潜り抜け、終着点の膨大部に滞留する。最奥に辿り着いた精鋭の子胤は、卵巣から卵子が排出されるのを待ち構えていた。
排卵とタイミングが合致すれば、卵子と精子が結びつき、受精卵が形成される。新しい命が生まれる第一歩を踏み出せるかは、結局のところ運に左右される。
「ロレンシア。どんなに身体を穢されて、辱められても、私達は祖国のために戦わないといけないわ! 私はこれからもアルテナ王国の王女であり続ける。ロレンシアはずっと王家の騎士でないといけ⋯⋯んぁっ!!」
そのとき、ヴィクトリカの卵巣から卵子が排出された。
「あぅ⋯⋯。あうぅっ⋯⋯!」
卵管采から取り込まれ、卵管膨大部に放たれた無防備な卵子。無数の精子が襲いかかった。さながら羊に食らいつく獰猛な餓狼の群体であった。
——ぢゅぷん♥︎
外膜を突き破った一匹が遺伝子を刻み込む。王女ヴィクトリカは皇帝ベルゼフリートの子胤で懐妊した。
(なに、これぇ⋯⋯! お胎が⋯⋯疼く⋯⋯ぅ⋯う♥︎)
着床はしていない。だが、ヴィクトリカの子宮は、確実に孕むと認識していた。少女の肉体は、母親になるための変化を起こす。
「ヴィクトリカ様はまだお疲れのようです。身体を休ませては?」
「大丈夫よ⋯⋯。息が詰まっただけ⋯⋯、本当に大丈夫なんだから⋯⋯!」
ヴィクトリカが身籠もった子供は、誰にとっても予想外の存在となる。種付けをしたベルゼフリートでさえ、ヴィクトリカが一夜で孕んでしまうとは本気で思っていなかった。
皇帝の御子を産むのは、女仙にしか許されない。メガラニカ帝国の慣例上もイレギュラーな妊娠だ。その一方、アルテナ王国からすれば、セラフィーナの子供以上に扱いが難しい。
ヴィクトリカの産む子供は、セラフィーナとガイゼフの孫にあたる。アルテナ王家とバルカサロ王家の血統を持ち、なおかつ皇帝ベルゼフリートを父親とする御子なのだ。
——十月十日後、王女ヴィクトリカは浅黒い肌の私生児を出産する。
父親が誰であるかは頑なに語らなかった。しかし、誰もが分かっていた。乳飲み子の小麦色に染まった肌は、父親が誰であるのかを明示している。
堕ろす機会があったにも関わらず、ヴィクトリカは胎児を殺せなかった。不本意であったにしろ、皇帝を憎むヴィクトリカでさえ出産は、受け入れざるを得なかったのだ。
復讐心を燃やす王女ヴィクトリカ。己の懐妊を知り、胎児の出産を決心するのは先の話である。
可憐な少女は、望まぬ妊娠で母となる。そんな未来を予想できるはずもなかった。