2025年 2月10日 月曜日

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【206話】帝都の冒険者組合にて

NOVEL亡国の女王セラフィーナ【206話】帝都の冒険者組合にて

 帝都の冒険者組合ではちょっとした騒ぎが起きていた。

 ギルドマスターと特級冒険者二人が応接間に籠もっている。噂好きが盗み聞きしようと近付くが、険しい顔立ちの受付嬢が立ちはだかり、箒で蹴散らしてしまった。

 廃都ヴィシュテルで上位種の魔物達が起こした大事件に、特級冒険者ネクロフェッサーは深く関与していた。冒険者であれば誰もが耳にしている。

 魔物の帝都襲撃後、緊急依頼で腕利きの冒険者が魔物狩りに参加した。護衛依頼が急増し、普段は暇を持て余している者達でさえ大忙しだった。思わぬ臨時報酬で懐は暖まった。

 通常時であれば、冒険者などに頼らず帝国軍を動かしていた。しかし、中央諸国の侵攻を牽制するため、軍務省は国境の守りを疎かにできなかった。

 冒険者組合にとって、死恐帝の災禍が終息して以来の繁忙期だった。もう一人のノエル・ウェイジャーは帝国軍の依頼を受けて、国外で活動していた。

 会談は帰国のタイミングに合わせて開かれた。

「親書がセラフィーナ女王に届いている頃合いだ。もはや後戻りはできないが、提案に乗る可能性はどれほどある?」

 ギルドマスターはマッチで葉巻に火を付ける。

 ソファに腰掛けたノエルは、そわそわと貧乏揺すりをしている。三十代前半の若さで冒険者の頂点に立った男には見えなかった。どこにでもいそうなパッとしない顔付きだった。

「小難しい話はあちらの御老公に聞いてくださいよ。俺は名前を貸しただけです。御国の揉め事に関わるのが嫌で、冒険者になったのに⋯⋯」

 ノエルの口調は若干の恨み節が込められていた。しかし、ネクロフェッサーは何ら気にする素振りがない。

の見立てによれば戦争が起きる」

 窓から夜空を見上げるネクロフェッサーの表情は読めない。素顔を特殊装甲のマスクで覆い隠し、奇怪な装備で全身を武装している。

 死恐帝の災禍に抗い続けた歴戦の猛者であり、現代にいたっては数少ない生き残りである。ギルドマスターは敬意をもって特級冒険者を遇している。だが、近頃は忍耐の限界だった。

「おいおい。質問の答えになってないぞ。ネクロフェッサー。そもそも戦争は終わったばかりだ。まったく⋯⋯。鎖国政策が撤回されて、やっと他国の冒険者組合と交流できるかと思えば隣国との小競り合いだ。愛国者には悪いが、やってられないぞ」

 ギルドマスターは吸い込んだ葉巻の煙を吐き出す。

「――で、次はいつ起こる? どの国と戦争を押っ始める?」

 気分は重たい。特級冒険者の予言染みた言葉を笑い飛ばせる楽観主義者ではなかった。

「相手は中央諸国だ。アルテナ王国の東西分断は長く続かぬ。小火がくすぶる火薬庫のような状況だ」

「いつかはドカンと大爆発⋯⋯。笑えねぇな」

「我々はバルカサロ王国が戦争の本命と見ている。先般の戦争も元々はバルカサロ王国が火蓋ひぶたを切った。アルテナ王国は巻き込まれた第三国に過ぎない」

「あんだけの大敗を喫して、またやる気あるってのか? バルカサロ王国は領土を奪われなかったが、相当な被害を出しているはずだ。しかもアルテナ王国に婿入りさせたガイゼフ王が、酷く哀れな境遇になった」

「メガラニカ帝国の国力は災禍や内乱がなければ、大陸で飛び抜けている。五百年ぶりに皇帝の統治時代が訪れた。強大な力は恐怖を呼び覚ました」

「待った! 話の飛躍が過ぎるぞ。メガラニカ帝国が強国に返り咲いたとして、戦争を始める理由になるか? 苦労して軍縮をしてる最中だ。三皇后は戦争狂じゃないぞ」

「メガラニカ帝国にはなくとも相手側に理由があるだろう。戦争は両者の合意によって始まる代物ではない」

「それはそうだが⋯⋯」

「歴史上、戦争を起こさなかったメガラニカ皇帝は聖大帝のみだ。徹底した非戦主義だった。それゆえに崇敬を集めた偉人ではある。一方、我々の知るベルゼフリート陛下と側近達は対極にある」

「やられればやり返すだろうな。俺は陛下と直接の面識はないが⋯⋯。何となく性格は察してる」

「戦争勃発は不可避の未来だ。我々の結論である」

 ネクロフェッサーは断言する。ギルドマスターも否定はしなかった。

「⋯⋯⋯⋯」

 昨年の夏、大々的に執り行われた戦勝パレードをギルドマスターは目撃している。腹を膨らませた女王と赤毛の女騎士は、花嫁姿で帝都の大通りを連れ回された。メガラニカ帝国の人々は熱狂していたが、アルテナ王国の人々からすれば恥辱の極みだったはずだ。

 国威発揚の副作用は諸外国との関係悪化だ。これまでは衰亡する古代の大国であったが、ベルゼフリートの即位を契機にメガラニカ帝国は息を吹き返した。

 押し黙っていたノエルが冷めきった紅茶に口を付ける。口を挟むか迷った挙げ句、結局は指摘した。

「御老公の言いっぷりからすると、始まろうとしている戦争を止めるだとか、そういう平和的なお話じゃなさそうだ。俺らは小狡く立ち回るんだろ?」

嗚呼ああ。そうだ。自由な冒険者は国家間の勢力争いに関与しない。我々はギルドコードに従うべきだ」

「掟破りの常習犯がよく言う。歴代のギルドマスターがネクロフェッサーの尻拭いでどんだけ苦労したか」

 ぼそりとギルドマスターがつぶやいた。ネクロフェッサーは意に止めず、話を進めた。

「そもそも止める手段を持ち合わせておらぬ。先延ばしは可能やもしれんが、結果は同じだ。中央諸国との戦争は必ず起こる。ならば、火の粉がかからぬように自衛手段を考えねばな」

「俺達がこそこそ集まった理由は、戦争に巻き込まれないための作戦会議ってことね」

「まさしくだ。ノエル・ウェイジャー」

「戦争は困る。同意見だ。軍にいた頃の内乱騒ぎだってうんざりだった⋯⋯。ただ、ちょっと考えたい。下手な行動はむしろ冒険者の立場を悪くしないか?」

「よろしい。考えを言ってみたまえ」

「冒険者組合は中立勢力だ。メガラニカ帝国が俺らに協力を要請するか? ありえない。冒険者みたいなイレギュラーを軍に編入するなんて混乱の元だ。この前みたいな魔物退治なら個別の運用ができるけれど⋯⋯。やっぱり考えられない。戦争は組織の団結力が試される。うちのギルドマスターは愛国心が希薄だし⋯⋯。こんなのは軍隊じゃお邪魔虫だ」

「悪かったな。愛国心が希薄で。そのおかげで冒険者が人殺しをせずに済む。お前らも少しは俺に感謝しろよ」

「問題なのは他国の冒険者組合だ。諸外国を巡ったノエル・ウェイジャーならば分かろう?」

「ああ、そういう意味か! 視点が狭かった。さすがは御老公。長生きしてるだけあるよ」

「ん? どういう意味だ? 国外の事情を知らない無知なギルドマスターにも分かるように説明してくれんか? 高慢有識な特級冒険者ども」

 皮肉を込めてギルドマスターが笑う。しかし、ノエルは冗談に応じず、真面目な口調で話し始めた。

「国外の冒険者組合は教会の影響力が思った以上に強かったんだ⋯⋯。バルカサロ王国は特に顕著だ。教会の施設を間借りしているようなところまであった」

「なんだそりゃ? 宗教勢力とは距離を置くべきだろ。ギルドコードを忘れたのか?」

「教会の信者が多い。冒険者のほとんどが信者だ。帝国じゃ考えられないような状態だよ。彼らが自覚してるかは知らないが、宗教勢力にどっぷり取り込まれている」

「ギルドコードを律儀に遵守してるのは俺らだけか? 吐き気を催す状態だな。中央諸国の冒険者組合はどうなってるんだよ」

「中央諸国は教会を軸に結集するだろう。ルテオン聖教国の教皇はメガラニカ帝国の脅威を喧伝している。戦争が勃発すれば、他国の冒険者組合も戦力に組み込まれる可能性が高い。古臭いギルドコードは熱烈な宗教心に屈服するであろう」

「頭が痛いな。敵国の冒険者が出てくれば、俺らも対抗で人手をってわけか⋯⋯。はっははははは! ちくしょうめっ!! 糞っ垂れ! こういう面倒事が起きるから掟を守らなきゃいけないんだよ!!」

 ギルドマスターは葉巻を灰皿に押し当てた。帝国軍が望まずとも、人々からの圧力は相当なものになる。

 敵国の冒険者が戦場で戦っているのに、古臭い掟に縛られて何もしない帝都の冒険者組合。参戦を強いられる状況に追い詰められる。市民の声を無視したとして、内部からの突き上げはどうだろうか。自由を標榜する冒険者といえど、帝国の臣民には違いない。

「ふざけやがって! 金欠の俺らは高潔に冒険者組合を運営してるっていうのに!!」

 他国の冒険者組合がギルドコードを捨て去れば、もはや正論は通じない。古代から守られてきた慣例は崩壊する。

「文句を言っても事態は好転しない。今後の政治情勢を考えれば帝都アヴァタールに本拠を置くのは危険だ。政治的干渉を受けぬ場所に退避するの最善だろう」

「へえ。なるほど。それで廃都ヴィシュテルに冒険者組合の自治区を? 狙いは免税特権と見せかけて自治権ね。さすが御老公。若輩には考えつかない野心的な計画だ。ちょっ! ギルドマスター、物に八つ当たりするならあっちでやってくれ。灰皿が床に落ちたぞ」

「うるさいっ! やってられるか!」

「応接間の壁に穴を開けると受付嬢ちゃんに怒られるよ」

 ノエルはネクロフェッサーが描いた壮大な作戦に心を動かされた。帝国軍を除隊し、自由な冒険者になっても国家権力との繋がりは断ちきれなかった。放し飼いされている犬のようなものだった。

 思惑通りに計画が進めば、冒険者組合は真の意味で独立を勝ち取れる。

「ナイトレイ公爵家と独自のコネがある。ウィルヘルミナ宰相閣下への根回しを進めている。親書は皇帝陛下を介してセラフィーナ女王に渡った。吉報はもう一つある。つい先週、ラヴァンドラ妃殿下の承諾を頂いた」

 ギルドマスターは八つ当たりの壁殴りを終える。

「はぁはぁ。はぁーー。ラヴァンドラ妃殿下の承諾って何だ? 財閥の支援でも受ける気か?」

「違うぞ。ギルドマスターよ。免税特権、自治権、中立権、これらの権利を得るには象徴が不可欠だ」

「象徴? まとめ役やリーダーって意味か?」

「その通り。あくまで象徴的な存在だ。実質的な指導者は貴方でも十分だが、象徴に関しては⋯⋯。残念ながら冴えない引退冒険者の貴方は相応しくない」

「ああ、分かる。それは大いに分かる。中年のオッサンだ。自覚してる。しかしだ。言わせてもらうぞ。ラヴァンドラ王妃に頼むんじゃ、結局は体制側に取り込まれてないか? 宰相派閥の上級妃を担ぐのは反対だ」

 その質問の答えはノエルがつぶやいた。

「ラヴァンドラ王妃じゃないよ。狙いはギーゼラ・アルテナ王女、それともギーゼラ・メガラニカ皇女とお呼びすべきかな?」

「ギーゼラ⋯⋯?」

「ラヴァンドラ商会が預かっているセラフィーナ女王の実子さ。高貴なる乳飲み子を冒険者組合の庇護者に担ぎ上げるわけだ」

「なんてこった! やっと理解が追いついたぞ。それでセラフィーナ女王に財政支援を持ちかけたのか!」

 セラフィーナとベルゼフリートの血を引く三つ子の姉妹。その三女であるギーゼラはラヴァンドラ商会が養育していた。

 ギルドマスターに特権を付与しようとすれば、帝国貴族からの反発が起きる。ギルドマスターは冒険者の統括でしかない。そこでネクロフェッサーはギーゼラの存在に目を付けた。

 女王と皇帝の娘を冒険者組合の庇護者とする。アルテナ王国から多額の融資を引き出す材料の一つともなる。ギーゼラを象徴的な存在に祭り上げ、冒険者組合は廃都ヴィシュテルで自治区を築く。

「自由な冒険者であり続けるためには、帝都アヴァタールを脱出せねばならん。政治の混沌から逃れる唯一無二の道だ。ギーゼラ殿下を自由の守護者とする」

「じゃあ、話は最初に戻る。セラフィーナ女王が資金援助してくれなければ事は動かないよ。勝算はいかほどかな? 御老公」

「セラフィーナ女王か⋯⋯。脳味噌よりも乳房や尻のデカいパツキン美女がどんな決断をするかねえ」

「不敬かつ下品ですよ。ギルドマスター」

 ノエルがギルドマスターの発言を咎める。

「会ったときの印象を言ったまでだ。世間知らずのお貴族様。パレードで見かけたときはちょいと同情したがな。お前らだって知ってるだろ。息子が帝国に処刑された母親を⋯⋯」

 言葉を遮ってネクロフェッサーが告げる。

「状況は刻々と変化する。セラフィーナ女王は皇帝陛下の寵姫になられた。見くびりや同情は不要。相手はメガラニカ帝国の後宮で生きる女仙だ。帝都アヴァタールに天空城アースガルズが帰り次第、面会を申し出る。交渉は迅速に進めなければならぬ」

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