シルヴィアが魔を受胎してから約一ヶ月後、出産の時が訪れた。
出産の当日、シルヴィアは子宮の収縮を感じ取った。
それが陣痛の一種であることは経験者のシェリオンから聞かされていた。出産が近づくと膨張した子宮が収縮運動を繰り返し、子壺から胎児を排出する準備が始まる。
「――痛みはあるか?」
「ちっとも痛くないわ……。それどころか……、すごく、気持ちいいのぉ……♥︎ お腹の子供たちが、私の胎内で遊んでるのが分かる! あぅっ♥︎ でもぉ、もう私の中にいるのは退屈みたいっ……♥︎ 外に出て、ご主人様に会いたがってるわ……! あぁあぅうっ……♥︎」
シルヴィアが座っているのは、地下の白い部屋にあるいつもの分娩台だ。手足を縛り付ければ拘束椅子となるが、今回は本来の用途で使われている。
両足を大きく広げたシルヴィアは、オマンコの陰唇をヒクつかせながら、うきうきとした気持ちで出産に備えている。
子宮の収縮が強まり、膣奥の子宮口が開いた。
胎内の赤子は子宮口が閉ざされている間、外に出てくることができない。母胎が十分に成熟し、分娩期が到来すると子宮口の開大度が最大に達する。それが出産の合図となる。
生誕の瞬間を感じ取った魔物の退治達は、一斉に這い出す。
「――っ、んぁっ! 赤ちゃんっ、来るぅっ……! 産まれるっ……!!」
シルヴィアは力み、荒げた声を上げた。子宮口が全開大し、卵膜が破れ、羊水が腟口から流れ出ていった。
「んぁあぁぁっ……! あぁっあ……! あぁぁああああぁぁぁ……!!」
シルヴィアの胎内では、十三匹の胎児がひしめき合っている。
魔物の赤子達は子宮の収縮に促され、開かれた出口へと向かう。
(すごぃぃい……っ! 私ぃ♥︎ 赤ちゃんを産んじゃうぅ……♥︎ 魔物の母親になっちゃうぅ~~♥︎ ご主人様と私のかわいい赤ちゃんが産まれるぅ……♥︎)
シルヴィアは苦しそうに呼吸を乱しているが、痛みのせいではない。冥王の子を産める幸福に興奮していた。
眷族の役割は冥王の身を守ること、そして冥王の子を産むことの二つである。
眷族の産んだ子供は苗床が産んだ下級血族と違って、母体の性質を受け継ぐ優秀な魔物だ。シルヴィアの産み落とす子供は、人類を脅かす恐るべき怪物へと成長する。
「ほら、あと少しだ。頭は見えているぞ。頑張れ。シルヴィア」
ルキディスは母になろうとしているシルヴィアに励ましの言葉を送る。冥王の言葉に歓喜したのか、赤子達の動きがより活発となった。
「ひぃぐぅぅ……っ! 私達の赤ちゃん……♥︎ あんっ♥︎んぁっ! オマンコを押し開けてるぅ……っ♥ あとちょっとぉぉお……♥︎ んぉおぁ……っ♥︎ 産まれるぅうう♥︎ あっぅうぅう♥︎ あぁあああぁんんぉぉ♥︎ あぅうううぅあぁおぁあああああぁぁああーーっ♥︎」
初産の絶頂は格別の性悦であった。シルヴィアは大きな淫声をあげた。骨盤が広がり、赤子の上半身が膣口から出てきた。
——ルキディスとシルヴィアの赤子は「狼の姿」をした魔物だった。
羊水と膣液で体毛がびしょびしょに濡れている。黄金色の体毛は母親譲りだろう。母親の遺伝が強く現れていた。
「可愛い子だな。立派なキメラだ」
ルキディスはシルヴィアが産み落とした第一子を抱きかかえる。
狼の姿をしているが普通の獣とは違う。額には大きな目があり、三つ目だった。頭部に山羊の角が二本、尻尾は蠍の尾で先端に毒針がついていた。産まれたばかりなので、羊角と尻尾は柔らかい。脱皮したばかりの甲殻類のような感じだ。
「シュシュゥ……? シャァァ~?」
「おっと……! 舌は蛇になってるのか。いい具合に混ざっている。利発そうな子供だ。ほら、俺がお父さんだぞ」
赤子の口内には蛇が潜んでいる。この魔物の舌は、目のない小さな黒蛇だった。
「んいぃいんぁっ……♥︎ んぁぁっ……!! ぁあううぁっ……!! んいいぃいぃぃいぃぃいぃぃ♥︎」
ルキディスが最初に産まれた赤子を愛でている間も、シルヴィアの出産は続いている。
(止まらないっ……♥︎ 子宮の奥からどんどん産まれてきてる♥︎ 私のかわいい赤ちゃん達……♥︎)
三眼の目、山羊の二本角、蠍の毒尻尾、そして舌は黒い蛇。母親譲りの金毛と深緑の瞳。ルキディスの精子とシルヴィアの卵子が結びつき、父母の遺伝子を受け継いだ邪悪な子供達だ。
「ご主人様。その子をこちらに」
シェリオンはルキディスが抱きかかえている子を渡すように促す。赤子はまだ臍の緒がついている。十三匹の魔物はシルヴィアの胎盤と繋がったままだ。
「名残惜しいな。この子たちを、サピナ小王国に送らないといけないなんて……」
ルキディスは赤子をシェリオンに渡した。
シェリオンは手際よく臍の緒をハサミで切断する。産後の処置を終えた赤子をユファに回す。ユファは産湯で赤子の身体を洗う係だ。付着した体液や血液を落とし、柔らかい布で包み込む。
(できるものなら、我が子達を庭で遊び回らせたいが、そういうわけにもいかない。ラドフィリア王国の都に魔物が出現したら、大騒ぎになってしまう)
辺境の農村ならまだしも、結界で守られた王都に魔物が現れるなど異常事態だ。憲兵団どころか、国軍が動く大事件となる。
(サピナ小王国を大きくしたら、秘密の遊び場を作ってやろう。手頃な囚人でも使って、殺しの練習をさせてあげたいな)
ルキディスは最後の一匹を産み終えたシルヴィアの頭を撫でる。
「あぁ♥︎ んぉっ……♥︎」
全身の細胞に魔素が宿り、人間性は完全に失われていた。出産を遂げ、シルヴィアは魔物の母親となった。
心だけでなく、肉体にも変化が生じていく。
容貌は変わらないが、頭部から山羊の角が生えてきた。尻の先にある尾骨が皮膚を突き破り、サソリの尻尾が形成される。尻尾の先端には毒液を噴射する毒腺が備わっている。さらに両手の爪が発達して、人間を引き裂く鉤爪となった。
シルヴィアは先ほど産み落とした魔物の母親にふさわしい異形の姿を手に入れた。
「――良い姿になったな。美しいぞ」
ルキディスは魔物の肉体を得たシルヴィアを祝福する。多幸感に酔い痴れるシルヴィアは微笑みを返す。自身を穢れた存在に堕とした邪悪な魔物に抱き付く。シルヴィアは誰よりも幸せだった。
「ご主人様……♥︎ もっと産みたい♥︎ 次の赤ちゃんがほしい……♥︎」
完全な魔物に変貌したシルヴィアは、魔物の王であるルキディスに懇願する。
出産直後の膣口から愛液を垂れ流し、母乳が滲み出ている乳房を押しつける。かつて弱き人々を守る騎士に憧れたシルヴィアの魂は欠片も残っていなかった。
シルヴィアは冥王に忠誠を誓う淫獣となった。
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出産を終えたからといって、すぐにボテ腹は引っ込まない。胎児を産み終えてシルヴィアの胎内は空っぽになった。だが、子宮は膨れたままで今も大きな妊婦腹だった。
シルヴィアの子産みはまだ続く。これから七日周期で子を産み落とし、胎の産み慣らしをする予定だ。最低でも百匹は産んで、妊娠と出産に身体を慣れさせるとルキディスは言いつけた。
もちろんシルヴィアは小躍りして喜んだ。
「――その姿を晒すなよ。絶対にな」
初産を立派に成し遂げ、母親となったシルヴィアをルキディスは労う。だが、それと同時に忠告も与えていた。
シルヴィアは魔物の姿形を得た。だが、異形の身体を人前に晒すことは、絶対にあってはならない。魔物の潜入が露見してしまったら、これまでの苦労が全て台無しになる。
「とっても気分がいい……。はぁ……♥︎ 生まれ変わったみたい♥︎」
「まさしくシルヴィアは生まれ変わったニャ……」
「ユファは最近気落ちしているわね。そんなにあのことを気にしているの?」
「もちろんニャ……! いくらなんでもアレは卑怯だニャ。出産を終えたシルヴィアは気分が晴れてるだろうけど……僕はめっちゃ憂鬱なのニャ~!」
出産の前日、ユファとシルヴィアは賭けで大負けしていた。
シェリオンが以前に負けた分を取り返したいから、ポーカーで勝負をしようと持ちかけてきたのだ。
ユファとシルヴィアは断った。シェリオンに負債を背負わせ過ぎると、ルキディスに叱られると思ったからだ。しかし、シェリオンはルキディスの許可があると言った。
許可を得ているのならとユファとシルヴィアはほくそ笑んだ。
何としてでも負けを取り返そうとするシェリオンから、再び巻き上げようと勝負を受けてしまった。
――それが間違いだった。
最初は大勝ちしたが、最後の最後で二人は大負けして破産させられた。
シェリオンは賭け事が不得意だ。熱くなる性格で、強い手札がきたら猪突猛進する。頭を使うのが苦手と自他共に認めている。戦闘の才能はピカイチなのだが、ギャンブルには向かない気性だ。
頭の回るユファと鋭い直感力を持つシルヴィアからすれば、巻き上げ甲斐のあるカモなのだ。ところが、その時のシェリオンは、とんでもない豪運だった。それどころか、後半は明らかにイカサマをしていた。
本物のシェリオンでは考えつきもしない悪辣な戦法で、前半の負けを取り戻した。気付いたときにはもはや手遅れ。遂にユファとシルヴィアを破産に至った。
敗因は欲に目がくらんで、シェリオンに化けている人物の正体を見抜けなかったことだ。
「我ながら気づくのが遅すぎたニャ……! 不覚ニャ! くやしいニャ!!」
勝負を持ちかけてきたシェリオンが偽者だと気付いたのは、最後の最後になってからだった。ルキディスは〈変幻変貌〉で、シェリオンに化けて負債の帳消しを謀った。
冥王の強権で徳政令を発動するより、賭けに勝って精算してしまおうと考えたのだ。
目論見は大成功だった。
シェリオンを侮っていたユファとシルヴィアは見事に引っ掛かった。姿はシェリオンだが、その中身は知略に長けるルキディスである。イカサマ有りなら、誰にも負けはしない。
ユファとシルヴィアはちょっとしたお説教までくらってしまう。ルキディスは生真面目な性格で、ギャンブルを好いていない。そのことも影響し、きつめの説教だった。
「母乳が出てきたのだけど、赤ちゃんに飲ませなくていいのかしら?」
「魔物は食欲がないから飲まないニャ。食事を必要なのは冥王くらいニャ。冥王の眷族は例外的に冥王の精液を美味しいと思うけど、魔物って基本的に飲み食いはしないニャ。眷族の母乳は冥王用ミルクなのニャ~」
「……ってことは、魔物って何も食べずに育つの?」
「魔物は不可思議な存在ニャ~。どんな過酷な環境でも生きていけるように餓死しないのニャ」
「人間の死体を貪る魔物もいるでしょ?」
「あれは屍肉を栄養として食ってるわけじゃないニャ。肉体に宿っているマナを奪っているだけ」
ユファとシルヴィアが暢気に話し込んでいる間、ルキディスとシェリオンは出荷作業に追われていた。
シルヴィアの産んだ子供をサピナ小王国へ送るため、箱に詰めていく。魔物の幼体は驚異的な速度で成長していく。シルヴィアの産んだ魔狼は、数週間で獅子の大きさになる。一日でも早く本国へ輸送する必要があった。
「ところで、その尻尾ってどんな毒があるのニャ?」
ユファはシルヴィアの尾骨から生えているサソリの尻尾を指差した。
「ご主人様が言うには強酸性の毒液らしいわ。刺して注入するわけじゃなくて、毒液を噴射できるみたい」
シルヴィアは毒液で人間を殺す瞬間を妄想する。肉体が溶解する苦痛を味わいながら死ぬ人間は、どんな叫び声を上げてくれるのか。とても楽しみであった。