激しい交わりでゼフィラに搾り取られた翌日、竜郷ドラカ=ヴェルグの全土がキサラギの供物として捧げられた。
――第四条[持分]死は捧げられた供物を所有する。
キサラギは竜人族の郷土を手中に収め、遺品収集を手伝えるようになった。物を動かす度、ゼフィラに確認を取る必要がなくなって不便は減った。けれど、二日目にしてゼフィラとキサラギの間に文化的な衝突が起きていた。
辺境の地で野性味溢れる生活を営んできた竜人族と、世界有数の先進国で生きていた少年では価値観が違う。――特に両者が抱く、衛生観念の乖離は著しかった。
「あのな。身体の汚れは落とすもんだ。歩けない病人でも七日に二回は身体を拭いてたぞ」
濡れた布巾を顔面に投げつける。ゼフィラは放られた布巾を指先で防ぎ、爪で引っかけてクルクルと器用に回した。美しい顔は不満げに歪んでいる。
「こんな些細な土埃で……。キサラギは潔癖症か?」
「一般的な清潔感の問題! 竜人族って風呂に入らないのか!?」
「気が向いたときに水浴びをしている」
「毎日やれ! 不衛生なのは嫌だからな。断固拒否だ。アルコール消毒しろとはまでは言わんから手を拭け! ていうか、俺が拭いてやる!!」
「あるこぉる瘴毒……? ともかく、もう分かった。キサラギの好きにすればいい。穢れを嫌うのは聖霊らしいな。……巫女だった母様が行水を欠かしていなかった理由がよく分かった」
ゼフィラはキサラギの苦情を「聖霊だから」の一言で飲み込んだ。
聖霊は穢れを嫌う。だが、キサラギが立腹している理由は、それとはちょっと違った。
「じゃあ、いっそゼフィラも巫女になっちまえ。冷水で身体を清めろ!」
「私は母様と違って霊媒体質には恵まれなかった。巫女は生来の資質だ。なろうと思ってなれるなら苦労はしない」
「こう言っちゃなんだが、俺達は竜人族の遺体に触れてるんだぞ! 魔物の死体だって綺麗じゃねえだろ。昼飯を食うならちゃんと手を洗え! 病気になるぞ……!」
「細かいことを気にする」
(細かくねえよ……。汚ねぇんだよッ!)
「汚れた手で飯を食ったら死ぬのか? そんなわけないだろう。竜人族は屈強な種族だ」
(そういう話じゃねえっての……。この野蛮人め。文明度が低すぎるぞ。……辺境暮らしの竜人族だからか? まさかとは思うが……この世界ってかなり未開なんじゃ……?)
衛生観念の低さに恐怖を覚える。半生を清潔な病院で過ごしたキサラギにとって、竜人族の原始的な生活は受け入れられなかった。
(はぁ……。心労で疲れた。差別してるわけじゃないんだけどな。あちらとこちらじゃ、常識が違い過ぎる)
キサラギはゼフィラの両手に付着した汚れを念入りに拭う。布巾は鍋で煮沸殺菌しているので、それなりに綺麗なはずだ。
(異世界で役立ち知識が手を洗うって……。はぁ……。なんと……しょうもうない……。先が思いやられる)
竜人族は芋を主食としている。形状はジャガイモにそっくりだったが、色が真っ黒だった。食欲を掻き立てる色合いではない。しかし、焼いた芋を食べてみると意外に美味だ。
火を入れる前は鉱物のように硬かったが、熱すると繊維が解けて柔からくなる。甘さは控えめで、味は里芋に近い。
食後にゼフィラは煙管を吸い始めた。家屋の燃え残りから煙草入れの袋を拾い上げ、自前の煙管に詰めて煙を吸っている。
「え? ゼフィラって煙草吸うのか……!? 喫煙者……?」
「どうした? キサラギも吸いたいのか?」
「……煙草は身体に悪いんだぞ。寿命を縮める」
いつもの話し相手が医者だった影響で、キサラギは飲酒と喫煙に否定的だった。
「さっきから何を言っている。馬鹿らしい」
(馬鹿なのはお前だ)
「毒草じゃあるまいし……。煙草で死んだ奴なんてこの世に一人もいないぞ?」
(煙草で死んだ奴は沢山いるぞ。この世界の煙草がどんだけ有害かは知らねえけどな……。てか、食事中に吸うな)
副流煙を嫌ってキサラギは風上に移動した。
「はぁ……。分かった。胸を揉ませてやる。それで機嫌を直してくれないか?」
「はっ! 安く見られたもんだ。たくっ! 安易なご機嫌取りに応じる俺だと思うなよ!?」
気取った台詞を返しつつ、キサラギはゼフィラの爆乳を揉みしだく。掌に納まらない大質量の乳房で握力を鍛える。
「安易だな。――ふぅう」
勝ち誇ったゼフィラは、キサラギに煙草の煙を吐き付ける。
「はっ!? なぜだ! 俺の手が勝手に……!!」
煙臭さでキサラギは正気を取り戻す。しかし、デカパイに張り付いた指先を剥がすことは、もはやできなかった。
「朝もそうやって触っていたな」
(あっ。やっぱ気付いてたのか……)
「そんなに私の乳房が気に入ったのか?」
「デカパイは男の浪漫だ。何を食ったらこんなに膨れるんだ? 竜人族って乳房が大きい種族?」
「竜人族は大柄だが、私より大きいのは母様だけだ」
「そのデカパイは母親譲りってわけか。ゼフィラ以上のバストサイズだとめっちゃ日常生活に支障が出そう」
キサラギはゼフィラの重たい爆乳を持ち上げる。
「母様も難儀されていたようだ。邪魔な部位だが、切り落とすわけにもいかない」
「急に怖いこと言うなよ……」
弾力強めの筋肉質デカパイをたっぷり堪能し、キサラギは乳間に指先を侵入させる。生肌が合わさり、汗ばんだ峡谷に挟まれて、冷えた両手を暖める。
「なぁ、ゼフィラ。旅立ちの準備は粛々と進めてるけど、心構えはどうなんだ?」
「…………」
「お~い。返事しろよ。竜人族の遺体は殆ど回収した。……っていうか、原形を留めてる遺体がまったくないぜ。今の調子で作業を続けると、近日中に弔いは終わる」
「そうだな」
「ゼフィラが竜郷ドラカ=ヴェルグを供物にしてくれたおかげで、俺はこのあたりに転がってる物は全て動かせるようになった。まったく、いい加減な契約だ」
竜人族はゼフィラを除いて皆殺しにされた。死者の遺物は生者に相続される。竜郷ドラカ=ヴェルグの財産は唯一の生き残りであるゼフィラが所有した。
捧げられる供物は自分の所有物でなければならない。そういう節理が働いている。
「――でも、動かせない大弓があっちに転がってたな」
「…………」
「あの大弓……ゼフィラが捧げてくれた供物に含まれていない。大弓の持ち主は生きているんだ。ゼフィラには所有権がない。だから、捧げられなかった」
「…………」
「あの大弓はゼフィラの師匠だったアシェラの持ち物で間違いないか?」
「ああ、そうだ」
感情の込められていない空虚な返答だった。
「決定的な証拠ってヤツかな。こんだけの惨状だぜ。無抵抗な赤子さえ皆殺し。捕虜なんか取らねえだろ。アシェラはどこかで生きているんだ。――魔軍を手引きした裏切り者だ」
「言われなくても分かっている」
「……本当に?」
「分かっているつもりだ。今は何も言うな」
ゼフィラは逆さにした煙管を叩き、燃え滓の灰を自地面に落とした。
師匠のアシェラを心から尊敬していた。怒りよりも疑問が先に湧く。胸中で渦巻く疑問の答えは見いだせない。
(なぜ?)
竜人族最強の剣客。かつては帝都で勇名を馳せた崇敬に値する武人だった。そのアシェラが同胞を裏切り、魔軍に加担した。巫女を殺害し、竜郷ドラカ=ヴェルグを滅ぼした。――その理由がゼフィラには分からなかった。
(師匠……。母様との間に何が起きていた? 過去の遠因? それだけで同胞を皆殺しにするだろうか……。したというのか……!!)
ゼフィラは思考を巡らせる。だが、それで答えが出てくるなら苦労はしない。
(理由が何であれ、けして許されない。唯一の生き残りである私は師匠を……。キサラギの言う通りだ。復讐を志すのなら……。揺るがぬ復讐心を持つべきなのだろう。私はアシェラを殺す。私の手で裏切り者を殺さねばならない)
◆ ◆ ◆
日暮れる前にゼフィラとキサラギは、拠点にしている狩猟小屋に帰った。
面倒くさがるゼフィラを説き伏せ、大量の湯を沸かし、盥に溜めて身体を清めた。里外れの湧き水を汲んで運ぶ苦労、高価な燃料を大量に消費し、湯水を作る。ゼフィラが冷水で一向に構わないと言い張った背景が、後になってキサラギにも分かった。
手間暇に見合う価値がある。
冷水と湯水では、汚れの落ち具合に差が生じる。妥協はしたくなかった。一般的な日本人が好む清潔感とはそういうものだ。
「帝国は帝国だ」
「いや、だから、俺が知りたいのは国名。国の名前くらいあるだろ?」
「外海の小国と違って名はない。帝国と呼んでいる」
「なんとまぁ、呆れたもんだ。それで不便しないってのか」
「不便? なぜ?」
「俺が生きてた世界じゃ百九十六の国がある。いや、百九十七だったかな? たしか、それくらいあったはずだ」
「そんなに国を建てて意味があるのか? 細切れになっているほうが不便だろう」
当初、キサラギはゼフィラの雑な説明が信じられなかった。
この大陸には、たった一つの帝国が支配している。そして、帝国に名前はなかった。単に〈帝国〉と呼ばれているという。いわゆる国名が存在しない。
「たった一つの国が大陸全土を治めてるのか? それもそれで大変だと思うけどな。皇帝が過労死しないか?」
「皇帝の直轄地は中都那だけだ。州を預かる公王が五人、その下に藩を治める領主がいる。全ての統治者を統帥するのが皇帝だ」
「……じゃあ、ゼフィラ達は皇帝の臣民?」
「民ではあるが、臣ではない」
「どういうこと?」
「竜郷ドラカ=ヴェルグのような民族自治領が各地にある。郷は自治を意味する。皇帝や公王の統治は及ばない。徴税や賦役を免除される。だが、帝国からの保護や援助も受けられない」
(皇帝が一人で、それに従う王が大勢いる……。 連邦とか、合衆国みたいな感じ? ん? 違うか? 民主主義じゃないもんな。んん……? 駄目だ。ゼフィラの説明だけじゃ、よく分からん。先生が薦めてきた小難しい歴史書を読んどくべきだった……)
「大陸全土が帝国の支配下にある。外海には小さな島国がいくつかあると言われている。だが、国と見做さぬ者達が大半だ」
「どうして?」
「あまりに小さい。支配するに値しない矮小な島嶼だとキャラバンの商人達は言っていた。所詮は島だ。王を自称しているに過ぎない」
(俺、島国出身なのに……。この世界じゃ、島は国扱いされないのかよ)
「帝国の人々からすれば、奴らは単なる島主だ」
ゼフィラは外の事情に興味がない様子だった。竜郷ドラカ=ヴェルグでの生活、竜人族の風習や文化は詳しく教えてくれる。けれど、外のことについて訊くと説明がそっけない。
(不思議なもんだ。異世界だってのに、あちらと同じ動物がここにもいる。まるっきり別世界って感じでもないのか)
キサラギが生まれ育ち、そして死んだ現世と異世界は所々が似通っていた。
ゼフィラが噛んでいる酒の肴は、鹿の干し肉だった。こちらの世にも牛馬などの動物が存在している。
一通り質問攻めしてみたが、干支の動物は確認できた。他にも猫や鴉などはいる。異世界の固有種もいるようだが、現世との同種も存在していた。
現世と異世界の共通項が奇妙に思えた。しかし、よくよく考えてみればキサラギは転移して、こちら側に降臨したのだ。
動植物が世界の境界を跨ぐ可能性は大いにあるだろう。
「――で、いつまで焦らすつもりだ? 私は髪も拭いたのだぞ」
身綺麗にしろと五月蠅くせっつかれ、不満を愚痴りながらも、ゼフィラはキサラギの指図に応じた。
次はそちらの番だと急かされた。
毛皮を敷いた寝床で仰向けに寝転んだゼフィラは、惜し気もなく膣穴を見せつけて、挿入を誘ってくる。飢えた竜女は今にも飛びかかってきそうだ。
「こういうのはさ。雰囲気ってのがあるじゃん?」
昨晩とは上下が逆転し、ゼフィラが下側に、キサラギが上側で抱き合う。
(もうちょい話を聞きたかったんだよな。セックスで悦ばせれば教えてくれるか?)
本音を明かせば、知識欲が性欲を凌駕していた。異世界に対する好奇心。病室で呼んでいたファンタジー小説の世界に入り込んだような心地だった。
「⋯⋯私が上になろうか?」
「今夜は俺が上って決めた。二晩連続で押しつぶされて寝るのは嫌だぜ。ゼフィラは重たいんだよ……」
「私は待つのも、待たせるのも嫌いな女だぞ」
「奇遇だな。教えてやるぜ。俺は急かされるのが嫌いな男だ」
「…………」
「ぬめって、ずれるんだよ……」
「…………」
「もうちょっとだから」
ゼフィラの竜尾がキサラギの背中を叩いた。挿入に手古摺るキサラギを見兼ねて、不機嫌そうに眉を顰め、再び尻尾を鞭のように動かし、キサラギを急かして立てる。
(おっ……。よし! やっと嵌った!)
ようやく男根の先端が陰唇に食い込む。狭苦しい入り口を抉じ開けて、膣道の底へ潜る。引き締まった鋼鉄鎧のような腹筋が弛緩する。筋骨隆々の肉壺は男に飢えていた。
「もっと力を込めていいんだぞ。んっ……。 んんぅっ……! んっ♥︎」
辛抱できなくなったゼフィラは、両腕でキサラギを囲って思いっきり抱き寄せる。乳房に顔面を押し付けられ、呼吸困難に陥った。
「ちょ! ぐぎゃっ……! これが全力なんだけど……!? にゅぅにゅぅう……くるぢぃ……! こ、こうさん……!!」
「んっ……。 んぅっ! 駄目だ。出す種を出すまでは離さない♥︎」
「ぐにゅにゅ! 拘束技をかけるなっ……! もっと優しくしろよ!」
「竜人族の復興に協力すると約束した。……はぁ。やはり、私が上になる♥︎」
「あぁ! ずるっ!!」
剛力無双の女戦士に勝てるはずもない。キサラギの上位のポジションを維持できたのは数分。あっという間に体勢の上下がひっくり返り、巨体に押しつぶされてしまった。
囲炉裏で木炭が燃え盛り、弾ける音がした。ゼフィラの興奮に呼応するように火花が散る。竜の尻尾を躍らせながら、キサラギの男根から搾精する。
「んっ♥︎ んんぅっ……♥︎」
歯を食いしばり、快楽に酔い痴れる。淫叫を無理やり飲み干したのは恥じらいがあるからだ。それでも貪欲に求めてしまう。
深い孤独を患った美女は、手に入れた安らぎを絶対に手放したくなかった。
下から何度も抗議の声が聞こえてきたが、組み敷いてしまえば、ゼフィラの独壇場であった。
(ほぉう……♥︎ 男根はまだまだ元気が良い♥︎ 私の膣内で種を吐き出しているっ……♥︎ 可愛い♥︎)
強靭な戦士の寝技から貧弱な少年が抜け出す術はない。存分に気が済むまで、腰を揺さぶり続けた。ゼフィラの喘ぎ声は強まり、キサラギの呻き声は弱くなっていった。
「んっ♥︎ んぅっ♥︎ ん……? ん? おい、キサラギ? どうした? 生きてるか?」
静かになったので、ゼフィラは問いかける。
「死の化身にそれ聞いちゃう……? でも、おかげで思い出した」
「何を?」
「セックス中に死ぬことを腹上死っていうらしいぜ。……今の俺は腹の下にいるけどな。腹ってか、腹筋だけど……。何百回、腹筋すればこんなマッチョになるんだよ」
バキバキに割れた女戦士の腹筋を指先でなぞる。男よりも漢らしい。まるで鉄壁の城塞だ。
自分の放った胤でこの剛健な胎に赤子を宿せるものかと疑ってしまう。ひとしきり愛でてから、デカケツを揉む。
「乳房を揉むのに飽きて、次は腹や尻か?」
「ゼフィラって強い戦士なんだよな。でも、竜人族最強は師匠のゼフィラ……。戦ったら勝てないのか?」
「こういう時にする話か? それこそ雰囲気というものがあるだろう」
「小狡いぜ。自分の時だけ雰囲気を優先かよ。一族復興や復讐にも付き合うけど、勝ち目のない戦い嗾けるほど悪辣でもないんだぜ」
「師匠は……。いいや、こう呼ぼう。裏切り者のアシェラになら勝てる。本気で戦えば殺せる」
「本当に?」
「身体能力だけでなく、技量も私が上回っている。その自信はある。しかも、キサラギのおかげで今の私は〈永生の加護〉を得た。……見つけ出せば確実に始末できる」
「ん? それだと、竜人族最強の戦士って本当はゼフィラじゃん。なんで今まで最強を名乗らなかった? 師匠に遠慮してたのか?」
「強いから最強とは限らない」
「なんじゃそりゃ? 一番強ければ……それは最強だろ?」
「幼少期に一度だけ、父に連れられて帝都に行ったことがある。竜人族の武勇を示すため、英雄決闘に出場した。――私はそこで人を殺した」
「決闘? 見世物か?」
「御前試合だ。見世物であり、賭け事でもある」
「……対戦相手を殺しちゃ駄目だったのか?」
「決闘中なら殺しても罪には問われない。ただし、暗黙の了解で殺さない程度に手加減する規則はあった。だが、対戦相手が弱すぎてな。私は殺してしまった」
(魔獣の群れを一人でぶっ殺せるんだもんな。あれはすげえ戦いぶりだった。この世界基準でいう普通の人間が、どの程度か俺は知らない。けど、俺が生きていた世界でなら、ゼフィラは相手が何百人だろうと捻り潰せると思う)
「それ以来、私は人と戦わなくなった。いや、戦いたくなくないのだ。……その点で言えば、竜人族最弱だな。実力はあっても、対人戦をずっと避けてきたのだから」
「ゼフィラは人殺しを後悔してるのか?」
「心底、悔いている。母様に失望された。帝都から帰還し、聖廟で誇らしげに勝利を報告した。私が殺してしまった対戦相手は竜人族を侮っていた。……だから、泣きながら降参していた騎士の首を刎ねた。一族の名誉を守るために……。母様は褒めてくれると思った。だが……」
(褒めはしないだろうな。道徳心のある巫女なら)
「母様の言葉は今でも覚えている。『憎い男を殺すのがそんなに楽しかったのか?』と咎められた」
繊細な少女の魂を貫く、冷淡な視線だった。
族長だった父親はゼフィラの行為を褒めた。竜人族の同胞達も褒め讃えてくれた。だが、母親はあの日以来、娘と一線を引き、距離を取られるようになった。
「痛烈な一言だな。竜人族を侮辱した対戦相手も悪いけど、降参してたのを殺すのもな……。俺もどうかと思うぜ」
「魔軍に故郷を滅ぼされ、殺されかけた今の私だから分かる。あの騎士には申し訳ないことをした。普段、どれだけ勇敢な大言を吐こうと……死ぬのは怖い。あぁ、怖いんだ。とても恐ろしい……」
「それ、普通だぞ。怖くない奴のほうが異常だ」
「……命乞いを嘲笑うべきではなかった。幽世の森で私の情けない泣き言をキサラギは聞いていただろう?」
「ん……。まぁな」
「死ぬのは怖い……。孤独も恐ろしい。私は臆病者だ」
「悪い……。こういう雰囲気で話す内容じゃなかったな」
強靭な肉体の女戦士。しかし、心の強度はいかほどなのだろうとキサラギは按ずる。
「魔物なら何匹でも殺してやる。……だが、人はもう殺したくない」
「復讐の件……。御国に頼ったらどうだ? 竜郷ドラカ=ヴェルグは自治領だから帝国の保護を受けられないって話だけど、相手は悪党の魔軍なんだろ。頼み込めば兵隊を動かせるんじゃないのか?」
「いいや、駄目だ。私の剣で裏切り者を斬らなければ、同胞の魂が救われない。それに……。アシェラが魔軍を手引きしたなら、もはや人ではなくなっているだろう」
「人ではない?」
「深淵と契約を結び、魂を売り渡した者は魔族だ。人間ではなくなる。魔物の同類だ。人の容貌を失う。……子供の頃、母様から聞かされた」



