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【第4話】一族復興の贖い

 死の化身は契約ルールを作った。この世ならざる者は異世界のことわりを理解し、尊重せねばならない。

「……ふぅんぬっ!」

 キサラギは木炭を掴む。空間に張り付いた木炭はちっとも動かない。

「……ふぎぎっ!」

 指先に力を込める。けれど、無意味だ。力学が作用していない。

「はぁはぁ……。駄目か!」

 死の化身は物体モノに対し、一切の有形力を発揮できなかった。例外は捧げられた供物のみ。

 たとえば、鍵が掛かってなかろうとキサラギは扉を開けられない。どんなに押しても扉はピタリと静止していた。

 触れてはいるのだ。接触は可能。しかし、物理的な力が遮断されてしまう。

 キサラギは試しに小石を思いっきり蹴ってみたことがある。結果は予想と寸分違わなかった。慣性は伝わらず、お互いに不干渉。蹴りつけた小石は微動だにしない。

 物理的な力が伝わらないため、爪先つまさきにも痛みは走らなかった。

 次は液体に触れてみた。やはり結果は同じだった。水面は波紋を生じず、キサラギは水溜まりの上に浮かんでしまう。

 ――しかし、液体では個体と異なる反応もあった。

 水飛沫みずしぶきには干渉できたのだ。垂れてきた水滴をてのひらで受け止めることはできる。

 たった一日の短い期間ではあるが、検証によってある事実が浮かび上がった。

 能動的な干渉は不可能だが、受動的な干渉は許される。

 キサラギは周囲の空気を押し退けて身動きができる。それは気体が常に流動しているからである。一方、固体や静止している液体は動きが無いため、キサラギ側から触れると能動的な干渉となってしまう。

 風のような気体、霧や雨などの現象はキサラギの意思に関わらず、あちら側から寄ってくる。受け身であれば、キサラギは反作用的な干渉が可能。そういう理屈らしい。

「どうした?」

「この木炭が持ち上げられないんだ。なぁ、ゼフィラ。ここにある木炭。俺の供物モンってことでいいか? 捧げてくれ」

 契約を交わして一日目だが、供物のお強請ねだりはこれで十数回目。これから先の生活を考えるとキサラギは億劫になってしまった。

「またか。このやりとり、何度目だ?」

 ゼフィラは呆れ顔だった。

「俺が知るか!」

 好きでやっているわけではないと抗議する。

「私も面倒になってきた」

「仕方ないだろ。供物じゃなきゃ、俺は動かせないんだ」

「分かった。いや、まて……! そうか……! この建物内にある全ての物はキサラギに捧げる。これでどうだ?」

 ゼフィラの大雑把な供物宣言にキサラギは懐疑的な渋い表情を作る。しかし、意外にもゼフィラの思い付きは効果覿面こうかてきめんだった。

「おっ? おぉっ! マジか? 木炭を掴めた。なんだよ。そういうのでもいいんだ。制約はきついが、運用の工夫次第で緩くもできるってわけか。でも……。なんか……。すごくいい加減だな……。契約ルールが抜け道ありきだ」

 キサラギは狩猟小屋の囲炉裏に木炭を放る。しばらくすると炭に赤色の炎が灯り、熱源が強まった。炭火に両手をかざして暖を取る。

「ふぅー。あったかぁ……。ぬくい、ぬくい……。灰の匂いがちょい気になるけど、囲炉裏ってのもいいもんだ」

「そんなに寒いのか?」

 ゼフィラは不思議そうに眺めていた。

「寒いだろ。生きてた頃みたいに肉体的に辛くはないが、居心地が悪いんだ。ゼフィラはそんな恰好で平気なのか?」

 竜人族の女戦士は半裸でも寒くないらしい。冷水を浸した布巾で、素肌に付着した返り血や土埃を拭っている。

「竜人族の戦士はこんな寒さで弱音を上げたりしない」

「……俺は戦士じゃない。快適な衣食住を要求する。俺は食事だってこだわるぞ。自分の口で食えるんだ。食事の味を楽しめているのは幸せだ」

「口以外でどうやって食事をする?」

「腹に小さな穴を空けて、胃袋にチューブで栄養剤を注ぐ。そういう方法があるんだぜ。口で咀嚼そしゃくできなくなったら病人向け。二年くらい、俺は胃瘻それで食いつないでた」

「それは食事か……?」

「さあ。栄養摂取であって、食事ではないかもな。でも、生きてはいたぜ。久しぶりに食い物の味を楽しめているんだ。しっかりもてなしてくれよ」

「……食料庫と井戸は魔軍の襲撃で使えなくされたが、民家から搔き集めれば、二人分の食べ物と水は確保できる。水だけなら、湧き水を汲める場所を知っている。物資をかき集めれば、ここで数週間は暮らせるだろう」

「まぁ、贅沢は言わない。ほんと、この狩猟小屋を日暮れまでに見つけられてよかった。かなり古びてるけど、屋根と壁があるだけで安心感が違う」

 竜郷ドラカ=ヴェルグの住居は焼損が激しく、寝起きに使えそうな家屋は残っていなかった。探し回った末、やっと見つけた無事な建物がこの狩猟小屋だった。

 数年前までは、竜人族の狩人が獲物を解体する場所だったという。しかし、新しい狩猟小屋が里の近くに作られ、古いほうは次第に使われなくなった。

(廃屋の割には綺麗で、たぶん掃除もされてる。ふかふかの毛皮が寝床に敷かれてたし……。ゼフィラは知らないみたいだけど、誰かは使ってたっぽいな)

 狩猟小屋の周囲を魔軍が調べた形跡はあった。魔獣の足跡が残っていた。けれど、建物に損害は見当たらなかった。

(この小屋はなぜか無事だったんだよな。掘っ立て小屋だから魔軍も放っておかれたのか?)

 屋根や壁に穴は空いておらず、生々しい血痕や血溜まりも残っていない。狭苦しいが、居心地の良い寝床だ。

「同胞達の弔いが済ませたら、魔軍を探すために旅立つつもりだ」

「復讐か。いいね。やられっぱなしは気分が悪い」

「仇討ちは長旅になる。使えそうな物を見つけたら、この狩猟小屋に集めよう」

 滅びたとはいえ、故郷に愛執があるのだろう。ゼフィラの表情には暗い影が差していた。

「了解。物資を漁るのは手伝うよ。でも、運ぶのは……。ああ、大丈夫かな。ゼフィラが里の物を全て俺に捧げればいい」

「そんな都合の良い解釈ができるものか?」

「狩猟小屋を丸ごとプレゼントできたんだ。規模は大きいが理屈は同じだろうぜ」

「それもそうか。私は族長の娘で、竜郷ドラカ=ヴェルグの生き残りだ。現在は私が里の全てを所有しているようなものだろ」

 衣服や道具、武具などが狩猟小屋の片隅に積まれていた。その中には金や銀もある。この世界においても金と銀は大きな価値を持っている。

「誰かの遺品って思うと複雑な心境。ちょい罪悪感を覚えちゃうぜ。けど、旅に出るなら金は入り用だ。えーと、この銀貨や銅貨が通貨?」

「帝国通貨だ」

「ふーん。犠牲者の弔い優先で、熱心に物色してたわけじゃないが、金品が少なくない? お金はこれだけ? 銀貨はたったの三枚しかないぞ。魔軍が奪っていったのか?」

「魔軍は金品に執着しない。そもそも竜郷ドラカ=ヴェルグは帝国自治領だが、皇帝や領主に納税する義務を負っていない」

(ん? それってつまり……)

「里での暮らしは物々交換が基本だ。竜人族は平和を愛し、素朴な生活を尊んでいた」

(貨幣経済に組み込まれてないド田舎じゃん……。現代育ちの俺からしたら、竜郷ドラカ=ヴェルグでの原始的な生活は嫌だなぁ……)

「竜人結界は同胞以外の侵入を拒む。余所者は竜郷ドラカ=ヴェルグに近づけない。銀貨や銅貨は結界外から持ち帰ってきたものだ」

「使い道がないのに通貨を集める理由あんの? 竜人族にとっては玩具オモチャのコインみたいなもんだろ」

「年に一度だけ、ふもとのミリアム寺院で行商人と交易をしている。竜郷ドラカ=ヴェルグで採取された薬草や薬用キノコは霊薬の原料になる。帝都だと高値で取引されているそうだぞ」

「じゃあ、買い叩かれてたりして?」

「別にそれでもかまわない。相場なんて、どうでもいい。私達は行商人から生活必需品を買うが、釣り合いが取れずにいつも利益が出る。だが、過剰な富は不和と争いの種だ」

(竜人族って変な生活してるんだな。そういえば……先生に薦められた小難しい本で読んだことあるな……。アメリカのどこかでも自給自足で、古めかしい生活している集団があるとか……)

 帝国の通貨は、辺境で暮らす竜人族からすると物珍しい御土産になる。

 ゼフィラは戦士であるため、護衛として結界外に出る機会が比較的多い。しかし、ほとんどの竜人族は一生涯を竜郷ドラカ=ヴェルグで終える。結界の外に出ることはない。

「ミリアム寺院? それって宗教施設だよな……? 何をあがめてるんだ?」

 キサラギは首を傾げる。この世界では■という概念が消えている。宗教ではごく当たり前にあるべき崇拝対象、■が不在なのだ。

「寺院は賢者と精霊を祀っている。他に何を崇めるというのだ……?」

 ゼフィラは怪訝な顔付きだった。

「じゃあ、ゼフィラも賢者と精霊を崇めているのか?」

「竜人族は〈古竜の大賢者〉を信仰している。……精霊はあまり人気がないな」

「へえ。精霊は不人気なんだ」

 キサラギの何気ない一言に、ゼフィラは慌てた様子で反応を表した。

「精霊は気まぐれで、災いを起こすこともある。幽世の森に棲む精霊は、竜人族から恐れられていた。気を悪くしないでほしい……。詳しくは知らないが、賢者よりも精霊が信仰を集めている土地もあると聞くぞ」

「え? ん……? なんで俺に謝るんだ」

 明らかに気遣われた。キサラギはゼフィラの取り繕う態度が奇妙だったので、つい問いただしてしまった。

「キサラギは古の精霊ではないのか。死を司っているのだろう?」

「んー。この世界だと俺はこの世ならざる者〈死の化身〉で間違いない。これって精霊なのか? うーん。幽霊? 亡霊? 霊魂……? しっくりこないな。元々は普通の人間だぞ。というか死者かな。気付いたらあの森を彷徨ってた。で死んだから、こっちでは精霊に生まれ変わったのかもな」

だと? 冥府あのよでも死ぬのか?」

「俺に取っちゃ、異世界こっちがあの世だぜ」

「……? 言っている意味がよく分からん」

 ゼフィラの価値観では〈異世界〉という概念も理解が難しいようだった。

「かくいう俺だってよく分かってないぜ」

 キサラギは説明を諦める。知らぬ間に異世界の言葉を会得し、現地語で話しているのだ。日本についての詳細な説明は難しかった。

「死者が生まれ変わって精霊になったという話は聞かない。しかし、ミリアム寺院の大僧正ならば、知っていることもあるはずだ。竜郷の巫女だった母様が生きていれば、分かったこともあっただろうが……」

「そういえば母親が巫女なのに、ゼフィラは戦士になったの? 巫女は継がないのか? 世襲じゃないの?」

「巫女は霊媒の才能が求められる。私は父親似だから戦士の才能に恵まれたのだろう」

 ゼフィラの身長は竜角を含めれば二メートル以上ある。言い表すなら恵体の巨女。しかも、筋骨隆々なので肉体的な存在感がデカい。雄々しい筋肉達磨に付属する爆乳は、エロさを感じさせない。

「ゼフィラは巫女って感じではないよな」

「それはどういう意味だ」

「巫女っぽい慎みに欠けてる! 今の格好を自分で見てみろよ。人前で素肌を晒すのは貞操観念的にいかがなものかと思うぜ」

「要するに私の肌を見るのは不快か?」

 ゼフィラの棘のある言葉にキサラギはおののいてしまった。

「爆乳美女の裸体は眼福がんぷくだと思ってたけど、惜しげもなく見せられると残念感が強い。つまりだ。恥じらいって大切だな」

「こっちに来い」

 腕を掴まれ、ずるずると引き寄せられる。竜人族の女戦士が発揮する剛腕に抗えるはずもなく、なされるがままだった。

「なっ、なんだよ……? 謝れっていうなら土下座くらいはするぞ」

「違う。キサラギを悦ばせてやる。――私を抱け」

「俺の細腕じゃ、ゼフィラを持ち上げられない」

「抱き上げろ言ってるのではない。命を救ってくれた恩、魔天使カザルドを殺した礼だ。私の身体を好きにさせてやる」

「お礼ならおっぱい揉むくらいでいいよ」

 キサラギは恐る恐るの手付きで爆乳を鷲掴わしづかむ。女性の乳房とは柔からな贅肉がたわわにみのった果実。しかし、幼げな男子の幻想は打ち砕かれる。

(――なっ!? つっ、つよい! デカいだけじゃなく、弾力がえぐいぞ!? 筋肉の脈動が指先を押し返してくる! 嘘だろ!? これをオッパイと形容していいのか⁉ もはや胸筋ではなのでは……?)

 圧倒的質量の大部分は轟筋で構成されていた。揉もうとしてもはずまない。硬いわけではないが、握力が押し負けてしまう。キサラギは己の貧弱さを思い知らされた。

「一族復興のために優秀なが必要だ。私の目的は魔軍を討ち滅ぼし、竜郷ドラカ=ヴェルグを復興させることだ。どちらにもキサラギの協力がいる。――?」

 既にゼフィラは服を脱いでいる。考えてみれば最初から、こうするつもりで全裸になっていたのだろう。念入りに身を清めていたのも、キサラギが気付かなかったゼフィラの女性らしさだった。

「ちょ、あ……え……!?」

 ゼフィラの瞳にはぎらつく焔が灯り、口からは灼熱の吐息が漏れていた。弱肉強食の大自然、肉食動物に捕まり、すべなく貪られる草食動物の心情が今のキサラギにはよく理解できた。

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